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  平成28年12月までの出荷成績

  • 出荷頭数 1534頭
  • 5等級率 (*) 44%
  • 4・5等級率 (**) 81%
飯古建設
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田仲 寿夫

この度は、隠岐牛にご興味を抱いて頂き、誠にありがとうございます。
隠岐牛の飼育や生産については、弊社の奥田や、隠岐牛企画の井上さんの頁をご覧頂ければと
思いますので、ここでは、隠岐潮風ファームを私が立ち上げた経緯をお伝えさせて頂きます。

 

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先代から会社を受け継いだ元運転手

隠岐潮風ファームの成り立ちをお伝えする前に、その親会社である飯古建設を私が先代である現会長から譲り受けた時のお話をさせて頂ければと思います。私は飯古建設に昭和51年に運転手として入社いたしました。仕事よりも遊びが中心だった私を現会長が建設現場の責任者に抜擢してくださいました。任せることによって私に仕事の面白さを教えたかったのだと思います。それを転機として私は仕事に没頭するようになり、東京で土木の基礎を学び、島に帰ってきた頃には、専務に、続いて32歳の時には共同代表に抜擢されました。

 

さらに8年後、現会長が58歳の時には当時の社長を退かれて、私一人に会社を任せてくださいました。建設業が右肩上がりの時代に、身内ではない私に、そのお歳で会社を譲るということは、個人の利益を越えて地域のために建設会社がどうあるべきかという視点からのご決断だったのだと思います。譲り受けた私もいつか返さなければならない大切な預かりものをした気持ちで、きちんとこの会社を維持させようという一心でした。

建設会社 漁業へ

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そんな想いで会社を譲り受けた私が新規事業を行うきっかけとなったのが、漁協から定置網漁の買収を持ちかけられたことです。社長になってから数年が過ぎた平成7年の頃、島には漁協が4つありました。4つの漁協のうち2つの漁協が定置網漁を行っており、経営の厳しい定置網部門を整理して新しい1つの漁協として生まれ変わろうということで、買い手を捜しており、買収してくれないかという話が来ました。

漁のプロが行って上手くいかないものを素人の我々が出来るはずもなく、ほとんどの人が反対でした。しかしながら私は、自分の代になって稼いだお金を自分の手できちんと地域にお返ししたいという想いが強くなってきており、また、建設業というしっかりとした基盤の上に、こんな若い私を起用してくれた現会長の想いを汲むと、冒険しないことは、期待に応えていない事だと思い、買収を決断いたしました。

 

そうして始まった定置網部門は、最初は水揚げ高も上がらず、人件費もままならない日々が5年間続きました。機械が古くなっていましたし、老朽化したものばかりを買い取りましたので、それでは伸びるはずもないと建設部門で出た利益を定置網部門の投資を回し、船舶も漁網も漁具も一新しました。そうしてやっと漁獲高が上がり始めると、多くの改善が実り、さらに5年ほど漁獲高が右肩上がりになりました。その時、やっと漁夫さんの家族や暮らしを守れるようになったとほっとしました。新規分野に参入する自信もここでつけました。守りと攻めのバランスも身について、私がこの会社を経営する意味なるものを感じ始め、それが次の隠岐牛に繋がるようになります。

社員と地域をなくさないために、畜産業へ

 

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定置網事業が軌道に乗り始めた頃、今度は建設業の方に危険信号が出始めました。小泉内閣の時代に入り、国が公共事業を減らす方針になりました。そうなって初めて、自分たちが、国に売上げを頼りきったいけすの魚のようなものだと自覚しました。それを根本的に変革する必要性を感じ、公共事業の在り方を、言われたものを造る形から、必要なものを必要なだけ造る時代が来ると。

 

 

実際、飯古建設の売上げは3年で14億から8億に下がりました。しかしながら、それぞれの家庭がよく見える小さな島で、従業員の家族の顔も全部知っている中で給料を減らすことはあっても、リストラだけはしたくありませんでした。もし地域で雇用がなくなれば、島を出ないと生活が出来なくなります。それを繰り返せば、地域の仕組みが崩れてしまう。私たちの仕事は、地域があってこそ成立するものです。

そこで新規事業を起こさなければと始めたのが、この「隠岐牛」という事業です。新規事業を行うなら、地域にとって必要不可欠な一次産業でやろうという想いと、建設部門で出る木材チップのリサイクルという目的から、牛に注目し始めた頃、隠岐牛企画の井上さんからブランド牛「隠岐牛」を自分たちで肥育する構想をご提案いただきました。そうして始まったこの事業ですが、東京市場で良い評価を頂けるようになったとはいえ、まだまだ課題は山積みです。何より、この飯古建設という会社、隠岐潮風ファームという会社を、地域としっかりと繋がりを持った、何があっても潰れない会社に近づけるためには、より一層の精進が必要という想いでやらなければと思っております。